アツシマンダイβ

学びながら、ゆるくアウトプットします。

『四月は君の嘘』を読みました。

      2017/11/26

『四月は君の嘘』を読みました。

年のせいか、心に漫画が刺さりやすくなっっている気がする、今日この頃です。

ということで、『四月は君の嘘』、ぜひ紹介したい!

ガンガンネタバレしますので、嫌な方は、来られたところへお戻りください!

ということで、さっそくあらすじ。

あらすじ

さくっと、wikipediaから拝借いたします。

かつて指導者であった母から厳しい指導を受け、正確無比な演奏で数々のピアノコンクールで優勝し、「ヒューマンメトロノーム」とも揶揄された神童有馬公生は、母の死をきっかけに、ピアノの音が聞こえなくなり、コンクールからも遠ざかってしまう。

それから3年後の4月。14歳になった公生は幼なじみの澤部椿を通じ、満開の桜の下で同い年のヴァイオリニスト・宮園かをりと知り合う。ヴァイオリンコンクールでかをりの圧倒的かつ個性的な演奏を聞き、母の死以来、モノトーンに見えていた公生の世界がカラフルに色付き始める。

かをりは、好意を寄せる渡亮太との仲を椿に取り持ってもらい、渡と椿の幼なじみである公生とも行動を共にするようになる。公生はかをりに好意を抱くようになるが、親友である渡に気をつかって想いを伝えられないでいた。椿は公生のかをりへの恋心に気付き、また自身に芽生えた公生への恋心にも気付き苦悩する。

かをりは、公生のことを友人Aと呼び、ぞんざいに扱いつつも、自分の伴奏を命じるなど、公生を再び音楽の世界に連れ戻そうとする。また、かつて公生の演奏に衝撃を受けピアニストを目指すようになった、小学生の時からのライバルである相座武士井川絵見にも背中を押され、母親の親友で日本を代表するピアニストの瀬戸紘子に師事し、公生は再び音楽の道に戻っていく……。

しかし実は、かをりには周囲に隠し続けていた秘密があった。次第に身体を蝕む病のため、物を持ったり歩くことが困難になり、学校を休んで入院生活が続くようになっていく。公生は東日本ピアノコンクールに出場して入賞することで、ピアニストとしての道を歩もうと努力する。そんな公生の影響を受けて、かをりもこれまで避けてきた手術をして、再び公生とコンサートをしようと決意する。

しかし、かをりの容態は、悪化の一途を辿っており、容態が急変してしまう。公生は、かつての病弱な母親をイメージさせる少女に、再びトラウマが呼び起こされ、かをりを失うことへの恐怖から、ピアノを弾くことができなくなり、なかば作品の総仕上げの練習ができないまま、コンクール本番を迎えることになってしまう。

そして、コンクールの日が訪れる。奇しくも、かをりの手術の日が重なり、大きなプレッシャーを抱えていた公生だったが、かをりを想いながら、かをりの幻と共にアンサンブルを奏でながら、すべての想いをぶつけるかのように渾身のピアノを演奏する。公生のピアノは、会場の観客すべてを魅了し賞賛を受けるが、かをりは手術中に帰らぬ人となってしまう……。

コンクールが終わり数日後、かをりが生前に書いた手紙が、公生に届けられる。そこには、かをりの公生への秘められた想いと、ささやかな『嘘』が綴られていた。

なんだ、ヒロインが病気で死ぬパターンか。

そうです、ヒロインが病気で死ぬパターンなのです。。。

世界の中心で愛でも叫んでおけよ!!!という声が聞こえてきそう。

個人的には、病気でヒロインが亡くなるといえば、タイヨウのうたですが。

最高ですね。なんか最初のインタビュー部分が、変なビデオみたいでいらないですが。。

話が逸れましたので、戻しましょう。

カラフルな演奏をする宮園かをりとの出会い

さて、この物語は、主人公の有馬公正が、とんでもないヴァイオリンの演奏をする宮園かをりに出会うところから始まるわけです。

そのときの曲はベートーベンのヴァイオリンソナタ第9番「クロイツェル」。

その演奏は、コンクールの審査員に言わせれば、冒涜です(笑)。

冒涜だ。

テンポも強弱もデタラメ。

ピアノまで無視して勝手に弾いてる。

と、ひどい演奏なわけですが、そのカラフルな演奏は公正を惹きつけます。

「クロイツェル」だけど、この曲はもうベートーベンのものじゃない。

この曲はまぎれもなく彼女のもの。「クロイツェル」は、今、彼女のもの。

暴力上等。性格最低。印象最悪。

でも、彼女は美しい。

有馬公正は、母親にピアノを教えられました。母親は、厳格に楽譜通りにピアノを弾くよう、厳しくを指導します。その甲斐あって、有馬公正はコンクールの優勝常連となります。

母親はやがて病気が重くなり入院しますが、有馬公正は母親を喜ばせたい一心でコンクールに出場し続けます。

そしてある日、母親が病院から見に来た、とあるコンクールにて、公正は母親を喜ばせたいという気持ちで演奏をしますが、その結果、忠実に楽譜の通りに弾くことを忘れていまします。母親はそれに激怒します。母親のあまりの厳しさに「死んじゃえばいいんだ」と公正が言った翌日に、母親はあっけなく病死してしまいます。

このことがトラウマになり、有馬公正はピアノの演奏をすると、ピアノの音が聴こえなくなってしまうという症状に苛まれ、その恐怖もあって、ピアノから遠ざかり、やがては普通の中学生になっていました。

そんなところに、とても楽しそうに自由な演奏をする宮園かをりが現れたわけです。

宮園かをりは、どうしてこんなに楽しそうに演奏を出来るのか。

それがとにかく有馬公正を惹きつけます。

忘れられない演奏

宮園かをりへの興味や恋心もあり、有馬公正はどんどん音楽の世界に引き戻されていきます。

はじめは、宮園かをりのコンクールで伴奏をするように命じられ、コンクール中にまたピアノの音が聴こえなくなってしまうのですが、宮園かをりの演奏を楽しむ気持ちに引っ張られて才能が開花し、音楽演奏の素晴らしさに気づきます。それは、コンクールで優勝していた時代の機械的な演奏ではなく、公正自身も初めて経験するような演奏でした。

ちなみに、曲はサン・サーンスの「序奏とロンド・カプリチョーソ」です。

これが有馬公正にとって、新たな音楽の原体験となります。

またこんな演奏をしたいと有馬公正は思うようになり、そして宮園かをりの存在は心の中でどんどん大きくなっていくのです。

トラウマを乗り越える有馬公正

再びピアノを弾き始めた有馬公正は、コンクールに出場する中で、宮園かをりに届く音楽を弾きたいと思うようになります。弾く意味を見つけた有馬公正のピアノは世界観を持ち始めます。

そして、宮園かをりと共演するはずだったコンサートにて、宮園かをりが倒れて入院してしまい、有馬公正は一人でステージに向かいます。

直前に、宮園かをりを馬鹿にされたこともあり、怒っていた有馬公正は、怒りをそのまま鍵盤にぶつけるように演奏をしますが、途中でまたピアノの音が聴こえない状態に入ります。

しかし、そこで以前のようにピアノを弾けなくなるのではなく、有馬公正の演奏は逆に研ぎ澄まされたのでした。音が消えたことで、怒りに身を任せた演奏をしていたことに気づき、その演奏は柔らかくなり、赤ん坊を抱きしめるように弾き終えたのです。

このときに演奏していた「愛の悲しみ」は、公正の母親がよく弾いていた曲で、公正は昔はよく、母親の「愛の悲しみ」を聴きながら、ピアノの下でうたた寝をしていました。「愛の悲しみ」は公正にとって、母親と自分をつなぐ大切な曲だったのです。

その曲を、ピアノの音が聴こえない状態で、情緒豊かに弾き終えたことで、亡くなった母親を自分の演奏の中に見つけた公正は、トラウマを完全に乗り越えます。

なんだかヒカルの碁みたいですね。

宮園かをりを想ってピアノを弾くこと。

母親と演奏を通じて出会うためにピアノを弾くこと。

ピアノを弾く意味を持った有馬公正の演奏は、周りの人やライバルをどんどん感化していきます。

師匠であり、一流ピアニストの瀬戸には、実はこんな風に言われていました。

「音が聴こえない」ってことは、「聴覚的な音に束縛されない」ってことじゃないかな。

(中略)

「音が聴こえなくなる」。それはおくりものだよ。

まさにその通りだったのです。

ますます意味を増す有馬公正の演奏

さて、有馬公正を惹きつけ、音楽の世界に連れもどし、その才能の開花に大きく影響した宮園かをりは、大病で入院続きになります。自由で天真爛漫にヴァイオリンを演奏していた憧れの宮園かをりも、弱音を言うようになってしまいます。

しかし、宮園かをりを想って演奏する有馬公正にとっては、ますますピアノを弾く意味が増していきます。

今度は、いじげけた宮園かをりに喝を入れるために、教え子の相座凪の学校の文化祭でデュエットを弾き、その生演奏を携帯電話を通して病室の宮園かをりに聴かせます。(この過程で、相座凪も有馬公正に感化され、自分なりに演奏に意味を見出すようになります)

それでも弱っていき、やがては死が垣間見えるようになった宮園かをりを前に、絶望する有馬公正でしたが、宮園かをりが亡くなる調度その頃に出場していたピアノコンクールにて、過去最高の演奏を成し遂げるのです。

見守ってくれていた人、遠ざかっていた期間も待ってくれていた人、側で支えてくれていた友達、母親、そして宮園かをりを想ってピアノを弾き、ついには、ヴァイオリンを弾く宮園かをりの幻影をステージの上で見るに至ります。ここはぜひ漫画で読んで感動してもらいたい!

ちなみに曲はショパンのバラード第1番。

意味や想いが日常を特別にする

ということで、ありきたりですが、やっぱり意味や想いが、日常やひとつひとつの行動を特別なものにするのだなと改めて感じさせられます。何事においても、意味を本人が見出すことができたとき、その行動はカラフルになって、周りを巻き込み始めますね。

エロイムエッサイム
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我は求め訴えたり

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