アツシマンダイβ

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ブランドの作り方ーアート市場を参考に

      2017/10/19

最近、厚いセカンダリーマーケットと目利き層の存在がブランドを作るのではという考えに至りました。

もしかして日本の人が自分たちで自分たちを評価できないのも、あらゆるジャンルで信頼のおけるセカンダリーマーケットを育ててこなかったのではないかという気もしてきたので、考えをいったん整理してみます。

商品を値上げする方法

セカンダリーマーケットなくして、プライマリーマーケットはない

まずは、用語を簡単に解説します。

プライマリーマーケットというのは、商品をつくった人が市場に商品を流通させるマーケットです。たとえばAppleがiPhoneをApple Storeで売ったり、芸術家がコレクターに自分のつくった作品を売ったりすることを指します。

次に、セカンダリーマーケットとは、一度流通した商品が、第三者から第三者へと渡っていくマーケットです。それは例えば中古のiPhoneがオークションサイトで売買されたりすることを指します。

さて、プライマリーマーケットで高く売ろうと思えば、どうすれば良いでしょうか。

これはすごくシンプルな話なので、結論から言ってしまえば、手放さなくてはいけなくなったときにセカンダリーマーケットで10,000円で売れるのなら、原材料費に関係なく、その商品はプライマリーマーケットにおいても、少なくとも10,000円前後で販売することができるでしょう。

つまり、原材料費に、人件費などのコストを乗せた上で、利益をどれだけ上乗せして価格を付けられるかがブランド力だとすると、セカンダリーマーケットにおける価格に介入する戦術が、ひとつのブランドの作り方だと言えます。

セカンダリーマーケットに介入する方法

自社製品の買取を行う

自分の製品を、セカンダリーマーケットで自分で買い取ることは、流通価格に介入する一つの方法です。

完全にマーケットに価格形成を任せて放置すると、買い叩かれてセカンダリーマーケットでの価格が崩落してしまうこともあります。本当に価値のあるものを作っていて、セカンダリーマーケットでの価格が本質的な価値よりも低いのであれば、自ら買い支えることで、ある程度ならその価格を保つことができるのです。

セカンダリーマーケットで価格を保つことができれば、プライマリーマーケットで製品を高く売ることができます。これは利益率を高めることに役立ちます。

たとえばAppleは下取りプログラムによって、自社製品のiPhoneの中古価格を買い支えています。Appleが下取りをしているのであれば、それ以下の価格でオークションサイトなどで販売されて、セカンダリーマーケットにおける価格が下がっていくことはないでしょう。

Appleのウェブサイトイメージ

日本を代表する現代芸術家の村上隆も、自身が運営するギャラリーのアーティストの作品が、あまりに安い価格でセカンダリーマーケットに出た場合には買い上げていくという姿勢を過去にtwitterで表明しています。

信用をつくりあげる

ただし、何でも買い支えさえすれば価値を持つわけではありませんし、自社で全てを買い支えられるわけではありません。

原則はセカンダリーマーケットで評価されるべき理由やアイデンティティを見つけ、あるいは作り上げ、丁寧に説明し、市場に評価してもらうことが大切です。

よくビジネスマン()には、個別株系のニュースに対して「アナリストなんて評論だけのやつは要らねえ」とコメントしている人間がいますが、アナリストこそが、企業のIRが伝えたいメッセージを聞いて、その内容を咀嚼し、セカンダリーマーケットの株価発見機能を担っているのです。

それが無ければ、市場の適切な価格発見機能は失われ、株価はいたずらに乱高下し、多くの投資家が高すぎるボラティリティの中で大ダメージを受けて退場していき、セカンダリーマーケットが閑散としてしまうでしょう。そうなってしまっては、企業にはろくな価値が付きませんし、プライマリーマーケットにおける資金調達にも支障をきたします。

美術でも、芸術家やギャラリー、キュレーター、バイヤーがみんなの納得するストーリーや価値を紡いでいくことで、セカンダリーマーケットにおける価格が成り立ち、そうして初めてプライマリーマーケットでもある程度の価格をつけることができるようになるのでしょう。

そのためには、セカンダリーマーケットにおける価値を裏付ける価値を丁寧に説明して、信用を得ることで、買い支えの一部を自分以外の投資家やバイヤーたちに担ってもらうことが、とてもとても重要です。

セカンダリーマーケットの上値にも介入すべき

よく株価は上がれば上がるほどいいと思っている人もいますが、株価は企業価値を適正に評価した値であることが大切でしょう。

同じように、あらゆるセカンダリーマーケットにおける値付けは、その価値をきちんと発見したものであるべきです。高ければ高いほどいいというわけではないのです。

たとえば、あるアートを好きな人間が、一時的なバブルの中で、とんでもない値段でセカンダリーマーケットで高値づかみをしてしまい、大損してしまったとすると、それは自己責任と言ってしまうこともできますが、自分のアートを気に入ってくれたファンを一人失うことになります。それは、もしかしたら将来の不況時に、価格が安くなった作品を買い支えてくれたはずのファンかもしれないのです。

つまり、買い支えや丁寧な説明によって、セカンダリーマーケットの下値に介入するだけでなく、セカンダリーマーケットの暴力的な上値を抑える介入もすべきだということになります。

もちろん、丁寧なコミュニケーションを通じて徐々に高値が上がっていき、需給の関係もあって、結果として何十倍にもなったというのは問題ないでしょうが、ある日のバブルでセカンダリーマーケットにおける価格が跳ね上がったのをいいことに、プライマリーマーケットの値段を追随して跳ね上げているようでは自分の首を絞めることになります。

プライマリーマーケットで、必要以上の暴利を短期的に貪ったツケは、後で回ってきます。どれだけの利益が必要かということを考えた上で、適切なセカンダリーマーケット価格の形成を目指し、持続性のある経済活動を続けられる体制を整えることが重要でしょう。

自分たちの価値を、自分たちで発見できない事態

さて、少し話は変わりますが、僕は以前から、どうして日本人が欧米ばかりを礼賛して、自分たちを卑下するのかが疑問でした。日本のエリートと言われる人たちは、「欧米では〇〇だ」といって国内のローカルな人たちを下に見ていることが多いように感じられます。

どうして欧米に頼らないと、自分たちの価値すら実感できないのか。

しかし、こうしてセカンダリーマーケットのことを考えていると、あくまでも仮説ですが、こうした傾向はもしかして日本人の価値評価が欧米のセカンダリーマーケット頼みだからではないかという気がしてきました。

つまり、こういうことです。

アートでも何でも、日本に信用も歴史もあるセカンダリーマーケットがあり、日本人の評論家が世界のあらゆるものを目利きして、その価値を発見し、日本のセカンダリーマーケットで売買していれば、日本人は自分たちの価格を自分たちで発見することができ、それを背景にプライマリー価格だってあげることができます。

しかし、日本にセカンダリーマーケットがない場合、欧米のセカンダリーマーケットで、欧米の評論家が目利きして評価した日本のものだけが、その評価を背景にプライマリーマーケットにおける価格をあげることができるわけです。

ここに欧米で評価されるかどうかによって、プライマリーマーケットにおける価格を上げられるかが決まるという構造が成り立ちます。

だから、欧米スタンダードであることが、国内でも素晴らしいことになるのかなと。ここら辺はなかなか興味深いので、今後もだらだらと考えていきたいと思います。

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